麻布七不思議の一つである一本松。もちろん今たっている松はオリジナルではありません。現在の松は植え継がれて三代目?、冠の松とも秋月邸の羽衣の松とも呼ばれていたといいます。この松に甘酒を竹筒に入れて収めると咳が治るという俗信もありました。他にもいくつかの説がありますのでご紹介します。
ここは、もともと古墳であったそうです。そして江戸初期には「首吊塚」とも呼ばれていました。関が原の合戦で送られてきた首級を家康が検分し、埋めた所だそうです。
また、異なる伝説では、平将門を討伐にきた源経基が、将門の屋敷内を内偵しての帰り道、一軒の民家に泊まって料理をふるまわれた。経基は翌朝、装束をあらためて出立しましたが、そのとき脱いだ衣服をかけたのがこの一本松だといいます。

このあたりは、今、時の人の長野県知事になった田中康夫の『なんとなくクリスタル』で、主人公由利の散歩コースとなっているところなのです。
「散歩をするなら、有栖川宮記念公園から元麻布の西町インターナショナル・スクールを通って、オーストリア大使館の横は暗闇坂を下り、麻布十番へ出るとか、白金の自然教育園を歩くのもいい。」
由利と同じように、歩いてみませんか。
←松の根本に由来の書かれた石碑があります。
この碑によると古樹は明治九辰年焼失と書かれていますが?明和九辰年(1772)の間違いではないでしょうか。明治9年は子年です。植え継がれた松も昭和20年4月の空襲により焼失したと書かれています。現代の松は
三代目とも五代目とも言われています。

坂道あれこれ
一本松の前は変わった形の交差点となっています。そしてどの方向に行っても坂道です。すべてに名前がついています。大黒坂・暗闇坂・一本松坂・たぬき坂。
「江戸名所図会」より「麻布一本松」(拡大 )
左に長傳寺の名が見えます。左下荷物を担いでいる人あたりから大黒坂へ下がる。立派な松の木ですね。江戸名所図会が刊行されたのは1834年ですから、明和の大火(1772)で焼失、植え継がれた松としては大きいですね。おそらく画家長谷川雪旦は伝え聞いていた昔の松を画いたのかもしれませんね。茶屋は「ふじ岡」、池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」の「麻布一本松」に登場します。
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